「無職になってしまった」ではなく、「無職をやる」「無職という仕事に就く」。
そんな風に考えが切り替わったことで、失業状態にあっても、不安を感じることなく、思う存分フリーな時間を過ごしていました。
前回の話はこちら
1〜2年のはずが3年に…無職が3年続いてしまったワケ
目覚ましをかけるのは止め。
深夜まで本や動画を見て、眠くなったら寝て、好きな時間に起きて。
平日に友人とあちこちカフェ巡りをしたり、ぶらり散歩をしたり。
頭の片隅では起業をしたい思いもチラついていたので、好奇心の赴くまま、占いの算命学を習ってみたり、指紋鑑定を習ってみたり。
1年は仕事をしないで、思い切り好きな事をすると決めていたので、不安も焦りも感じることは全くなく、伸び伸び楽しく過ごしていました。
2年目も同様でした。
ただ、インドア派なので、基本的にネットさえあれば満足できてしまうため、段々その生活にも飽きが出てくるようになりました。
そして、無職がついに3年目に突入します。
目に見えて貯金が減っていく現実。
お金を稼がないと、という焦りも出始め。
さあ、ここからお金をどうやって稼いでいこうか・・・。
また以前のように会社勤めに戻るのか、それとも何十年も気になりつつ踏み出せなかった起業をするのか。
しかし、48歳という年齢です。
しかもお金が入ってこない状態から、ゼロベースで起業しようなんて、無謀にもほどがあります。
無謀だと頭では思っているのに、心は起業の方に惹かれてしまう、ワケのわからなさ。
かと言って、思い切って起業する勇気もなかなか出ないまま、あっという間に数ヶ月が経っていきました。
40代後半のインドア派が直面する現実。体の衰え
まだ無職1年なら、気持ち的に社会復帰はしやすいです。
これが2年、3年と年月を重ねるごとに、働きたくない、このまま楽な状態にいたい、その気持ちが強くなっていきました。
さらに、新しい人に出会う事や、新しい環境に入る事にも、恐れや不安を強く感じるようにもなり。
もはや、8050問題の引きこもり中年となんら変わりありません。
親が養ってくれている状態だったら、抜け出せなくなるのもわかります。
そして、40代後半でインドア生活をしていて痛感したことがあります。
それは体の衰え方が全然違うこと。
特に筋力の衰え方のスピードが早いのに驚きました。
働いていた時、コロナから在宅ワークメインになったものの、週1、2回は自転車で出社していたので、それなりの運動になっていたようです。
パソコンの前からほぼ動かない、そんな生活で満足できてしまうため、出かける理由を作らない限り、気づいたら1週間まともに動いていなかった、なんてこともチラホラ。
ぎっくり腰になったり、股関節がおかしくなったり。
一日中パソコンの前から動かないので、視力も衰え、老眼も進み。
ある意味でちょうどいい感じに近眼と老眼になったので、眼鏡なしで生活できてラッキーみたいな部分はありつつも、目の疲れから首や肩コリも加速しました。
また、1人暮らしなので、誰とも会話しない日が数日続くなんてこともザラです。
喉も筋肉だったのだと気づきましたね、話していて声が出づらくなったので。(笑)
さらに、人と会話をしない=表情筋を使うことが減るわけで。
顔のたるみや頬のコケが、急に目立つようになってきました。
白髪も40半ば過ぎから急に増え、おばさん化が加速していき、20代、30代で無職になるのと、アラフィフで無職になるのは、身体的にかなり異なることを痛感しています。
アラフィフで無職のメリットは、老後を先取りできたこと
身体的衰えもそうですが、あまりにも頭を使わなくなるので、言葉も出てきづらくなりました。
記憶力、特に短期記憶が本当に弱くなっていきます。
あれ?いま何をしようとこの場所に来たんだっけ?となる回数が増えたり。
すでに買ってあった物を、また買ってきてしまったり。
また、1人暮らしで仕事がないとなると、時間だけは沢山できます。
時間を持て余すので、何かしようと思うんですが、毎日湯水のようにお金が使えるわけではありません。
あまりお金をかけずに、気分転換をするには散歩がお手頃です。
でも、それだけだとつまらない気持ちにもなってきます。
そうすると行き着く先は、スーパーもしくはドラッグストアなど、食品が売っているお店になりました。(笑)
平日にぶらりスーパーなどに立ち寄ると、高齢者が食材を買い込んでいる姿をよく目にするのは、まさにこの心理状態に近いのでしょう。
日々変化のない日常生活の中で、買い物は小さな変化と楽しさがあり、食品なら食べる喜びもあるため、満足感や達成感を得やすいんですね。
自分の親もそうですが、高齢の親が無駄に食料を買い込んでダメにする話はよく耳にします。
何かしらを買うことで、日常が満たされたような気がする。
食べることよりも、ただ買うことが目的になって行き、いつしかそこに行くのがルーティーンに。
病院通いもその1つなのかもしれません。
認知症だとまたちょっと状況は異なるにしろ、多かれ少なかれ、こういう生活になりがちな人が多いんだと思います。
歳を重ねても好奇心があって新しいことにチャレンジできる人や、趣味が沢山あって、あれもこれもと楽しく生活している人は、そうはならないでしょう。
インドア派だったり、いつも誰かの後について行動していた人は、「仕事」という与えられるものがなくなった時、どんどん衰えていく肉体を抱えて、テレビや動画を受動的に見ているだけの生活になってしまう気がします。
そして、自分の小さな世界に閉じこもり、認知が歪んでくるのも自然な流れと言えるかもしれません。
40代後半で3年無職を経験したのは、老後の生活体験を先取りするためだったのかも、そんな風に感じました。
おかげで、運動嫌いの私ですが、軽い筋トレを毎日ちょこちょこするようになりました。
筋トレをいきなり50回やろうと思ったら、1日で挫折する自信しかないので、レンジの温めを待っている最中に、10回だけスクワットをするとか。
ドライヤーで髪を乾かしている時に、ちょっと爪先立ちになってみるなど、簡単な筋トレを少しするだけでも、全くしないよりは断然良いです。
また、散歩を習慣化するために、ウォーキングゲーム、ピクミンブルームのお世話になっています。(笑)
ゲーム好きな人は、運動と組み合わせているゲームを試してみると、意外にハマるかもしれません。
苦手なことをやろうと思った時、好きなことと組み合わせてやってみるのは、自発的な行動を促す手段の1つとしてオススメです。
あなたの人生に気づきが訪れ、新たな可能性が開かれていきますように。


